はらこ飯の思い出

はらこ飯、という料理を知っているだろうか。
宮城県の有名な郷土料理で、醤油やみりんと一緒に鮭の身を煮て、その煮汁で炊き込んだご飯の上に鮭といくらを乗せた炊き込みご飯の一種だ。

 

原稿の作業用BGMとして映画「ホーホケキョ となりの山田くん」を流していたのだが、そこで出前をとろうとした娘まつ子(山田家では母)に母親のしげ(山田家では祖母)がもったいないから自分が作ると話し、お昼ご飯に「ビーフストロガノフ」を初めて作ろうとしたものの、ビーフストロガノフを知らないまま作ったため失敗して、台所に焦げた鍋を放置して娘のまつ子に出前を取れとしれっと言う話がある。
それを見て、昔のことを思い出した。


昔、私が今の居住地ではない場所で生活していた時、よく家に遊びに来る友人がいた。この友人はなんというか、幼い見た目をしているのだが、中身はとてもしたたかで根性があり、自分の目標のための行動力もある、上品ながら豪快で素敵な人だ。


友人が遊びに来たある日の夕方、手にはスーパーの袋があった。嬉しそうに、でも何か企んだようなワクワクとした無邪気な顔をしていた。長くて艶のある黒髪が、まだ沈みきらない太陽に照らされてキラキラと透けていた。

 

「ねえ、お夕飯食べた?」

 

まだだ、と答えると、どうやら夕飯を作りたいようだった。
私は以前、私が風邪をひいたときにお見舞いに来てくれた友人が「スープなら食べれると思ったから材料買ってきたの。お台所借りて作っても良い?」と言ってくれて作ってくれたことを思い出した。そこで作ってもらったスープがすごく美味しくて、「すごく美味しいからレシピを教えてほしい」と感謝しながら喜ぶと友人は照れ臭そうに「ううん、レシピとかなくて、お台所にある調味料をとりあえず全部入れてみたの」と話した。私の台所にある調味料は醤油、みりん、塩、胡椒と定番どころの他にバルサミコ酢、豆板醤、粉チーズ、バジルソースなんかもあるのだが。

 

私はこの友人の料理スキルに、実際のところ不安があったので(包丁の扱いも猫の手とかではなく斧を振り下ろすように叩き切るので怖いのだ)、私は何を作ってくれるんだい?と優しく聞いた。

 

「はらこ飯って知ってる?」

 

どうやら友人は昨日、魚介料理が評判の和食屋に知人と行ったらしく、そこで食べたはらこ飯があまりに感動的な美味しさだったので、私にも食べてほしいと思ったらしい。
とにかく美味しかったの!と勢いよく話す友人を見て、本当に美味しかったんだなあと思いながら、美味しいものを食べたときに私のことを思い出して、一緒に食べたいと思ってくれたその気持ちがすごく嬉しくて「じゃあ、お願いしてもいいかな」と自然と答えていた。
友人は嬉しそうに、任せて!と笑った。

 

「作ってくれるってことは、店員さんにレシピとか聞いたの?」
「ううん、でも、食べたらなんとなく味とかであれ使ってるのかな〜みたいなの見当ついたし、大丈夫だと思うの」
「……携帯貸そうか。君、携帯持ってないし、私のスマホでレシピ検索してサラッと見てみるとか」
「通信量もったいないから大丈夫だよ」
「そうか。何か手伝おうか」
「ありがとう。でも、一人で大丈夫だからテレビでも見て待っててね」

 

私の不安ボルテージはどんどんと高まっていた。でも、任せたからには気にするのも悪いので、私は大人しくテレビをつけて眺めていた。

しばらくして、いい匂いがしてきたと思ったら、お盆に丼を2つ載せた友人が眉を八の字に寄せてやってきた。


目の前に置かれた丼の中には調味料が染み込んだ米がほくほくと湯気を放っていて、鮭と出汁の柔らかく優しい匂いが鼻腔をくすぐり、食欲がぐんと湧いた。すごく綺麗な料理だ。

 

「いい匂いだね」
「でも、ひとつ不思議なことがあるの」

 

私の安堵をすぐに友人はハンマーで打ち砕く。
友人は最初に持っていたスーパーの袋から、ひとつのパックを取り出した。

 

「あのね、はらこ飯って、ここにいくらを乗せて完成するんだけど、いくらってすごく高くてね、どうしようかな〜って鮮魚コーナーをウロウロしてたら、すごく安いいくらを見つけて、それを買ったんだ」

 

差し出されたパックの中身は、筋子だった。

 

「なんかこれ、繋がっちゃってるの。ほぐせないし、もしかして、不良品だから安かったのかな」

 

表示シールにはしっかりと筋子と明記されていた。私は笑いが止まらなかった。友人は私が笑った意味をわかっていないだろうが、つられて笑った。


しばらくして笑いがおさまったので、これは筋子というもので、いくらと同じものだけど、違うものなんだよ、と伝えた。
しかもこの筋子、醤油漬けにして塩辛くしてあるもののようで、優しい味付けのはらこ飯に乗せるにはかなりインパクトが強かった。
そして友人は一口食べて申し訳なさそうに「私、筋子苦手かも」と呟いたので、私が米との比率が狂った塩辛い筋子ひとパックのほとんどを「しょっぱい!あはは!!」と笑いながら食べ切った。


二人で洗い物をしながら、失敗してごめんと謝る友人に、また私は笑った。
自分が食べて美味しかったものを、感動を私と共有しようと思ってくれて、自分で考えながら材料を買ってきて調理して、面白いオチもついた料理のどこが失敗なのか。最初から最後まで楽しさと美味しさと嬉しさで胸もお腹もいっぱいだ。

 

たぶん、人生でこれからはらこ飯を食べることがあるかもしれないが、たぶん私にとってのはらこ飯は、あの水を何杯も飲むほど塩っ辛い筋子が乗った友人の最高のはらこ飯なのだ。