今朝、ロマンスを見た


今朝方、電車に乗るために駅の改札へまっすぐ歩みを進めていると、柱の影でメロドラマが行われていた。高校生くらいの制服を着た男女が抱き合っていたのだ。私が発見した段階では男がおもむろに女に身体を預けて縋るように抱きしめているところだった。そのあと、女は恐る恐る手を伸ばし男の大きな背中をさすりながらぎゅうと抱きしめ返していた。

 


それを視界の端で捉えながら、改札に向かう私。


あのメロドラマの主人公はきっとあの2人で、私は名もない通行人のモブだと思えるほど彼らは美しかった。
まるで、今生の別れのようだった。
離れたくないと縋る男を優しく包み込む女の手。抱きしめているのは男の方なのに、女の手の方がよほど頼もしく感じられた。

 


人生の主役は自分だ、と言うけれど、どう考えてもあの時、あの場所で主役だったのはあの2人だった。


私は電車に乗ってもあの2人の光景をぼんやりと思い浮かべていた。
同じ制服だったので、本来ならこの後仲良く同じ校舎へと向かうだろうに、なんだってあんなに悲壮感たっぷりに抱擁を交わしていたのだろう?


何かよんどころない事情でもあるのか?


学校の風紀委員が男女交際に厳しいとか?
いや、こんなご時世だ。きっと保健委員も加わって「三密禁止!ソーシャルディスタンスを守ろう!」なんて挨拶運動をしているのかもしれない。
ケンジとミホは、もしかしたらそんな中で2人きりにもなれず、ソーシャルディスタンスを保って清い交際をしなくてはならない状況下なのか?


ケンジとミホは交際半年を迎えたが、世間はこんな有様でろくにイチャイチャすることもできず、人目を盗んで校舎裏で身を寄せ合おうものなら突如としてフェイスカバーをつけた保健委員と風紀委員が襲来し、彼らに巻尺でソーシャルディスタンスを教えられ、その手をアルコール消毒液でビチャビチャにしていくのだ。


ケンジは我慢ならなくて、駅であんなことをしたのでは?


「ケンジくん、ここ駅……!」
「だって駅ならあのうるせー保健委員も風紀委員もいないんだぜ」
「でも……」
「ミホはいいのかよ」
「え?」
「っ……俺と、俺とこのままソーシャルディスタンスで良いのかって聞いてんだよ!」


「そんなの嫌に決まってるじゃない!」

 


ケンジはミホの言葉を最後まで聞く前に強く抱きしめた。
ミホは戸惑いながらも、久しぶりのケンジのぬくもりに安らぎを覚える。
そして、ゆっくりと抱きしめ返す。


そこで流れ出す「LA・LA・LA LOVE SONG

 


画面下にクレジットが流れて、そのまま画面はゆっくりと終わりに向けて動いていく……。

 

 


そんな気色悪いことを考えながら電車に乗っていたら足を広げた男子高校生に膝をガシガシぶつけられたので、私がクライムサスペンスの犯人だったらお前なんかけちょんけちょんだぞ!!!と情けないことを考えていた。

 

 

こんな私が主役になれるわけがないだろう。