尿検査で恥辱を受けた話

 


私は頻尿である。

突然なんの話を始めるんだと諸姉らは感じたかもしれない。
お察しの通り、今回は尿及び膀胱の話である。
こういった品性の欠ける話題に苦手意識を持つ人はこの日記を見ない方が良いだろう。
まあ、尿の話が大好きだと宣言するような人がいても私は困ってしまうのだが。そういうのあんまり人に言わない方がいいよ。

 


さて、話は数週間前に尿検査を受けたことまで遡る。
このところ知人らから肝臓の数値を心配されていた私は、良い機会なので医師会が行なっている健康診断に参加することにした。


事前に程よく水分を摂取し、戦地に向かう。
受付では気難しそうな女性が、私の問診票と睨めっこしながら何やら番号を割り振っていた。


「はいこれ」


無愛想にそう言って渡された採尿コップに、なんだか奇妙な気持ちを覚えながらお手洗いへと向かう。この健康診断は特に男女で時間帯や場所が限られているわけではなかったので、お手洗いに向かう人はみな採尿するんだな、と思うし、お手洗いから戻ってきた人間は採尿したんだな、と思われる。正直、普通に恥ずかしいので嫌だなと思った。
尿に男女差などないが、単純に人間として人に「あ、こいつ採尿する(した)んだ」と思われる可能性がある状況下に置かれるのはストレスである。


しかも、採尿できなかった。
おおよそ日本語で尿意と呼ばれるあの予感を、私は1ミリも感じ取ることができなかった。
五分程粘ったが、お手洗い自体が採尿集団で混んできたので大人しく諦めることにした。


ズボンを上げて、手洗い場へ向かう途中、並んでる人間と目があった。
お互い気まずそうに逸らしたが、相手の目線はそのまま一瞬だけ私の採尿コップへと走った。
残念ながら、これは空だ。


つまり私は、特段採尿していないのに採尿したやつだと認識されてしまったのだ。恥ずかしくてなんだか顔が熱くなった。

 


受付に戻り、空のコップを提示して事情を説明する。女性はまた険しい顔をして、大きな声で「出なかったの?」と言い放った。


おいおいおい。冗談じゃねえ。
もしかしてわかってないのかもしれないですけど、今あなたの声受け付け中に響き渡ってますからね?私が採尿できなかったことを高らかに宣言してますからね?
私はますます恥ずかしくて、とにかく逃げ出したくなった。
女性は少し悩んだあと「お水いっぱい飲んで受付終了時間までに来なさい」と言ったので、わかりましたと言って逃げるように去った。

 


そのあと、2リットルペットボトルを飲み干して尿意を待つ。
神経を研ぎ澄まして、体内に宿る僅かな気配を敏感に察知するために、私は目を閉じた。
目を閉じて尿意を待つ人間。絶対近寄りたくない。

 


すると、尿意より先に電話がなった。
医師会と提携している地方自治体の職員の男性からだった。


「あの、その……採尿の件なんですけど……その……えっと……お調子は、いや、ど、どうですか……?受付終了時間が迫ってまして……」

 


全身が恥の爆竹で弾けて死ぬかと思った。
こんなこと言わせられる自治体職員もかわいそうだし、私はもっとかわいそうだ。
私はもう泣きそうだった。どうして良いかわからなかった。尿意が来たような気分はないし、でももう行かなければいけないし、調子はどうって言われても困るとしか言えない。


私もしどろもどろになって、とりあえず行きますと言おうと思ってゴモゴモした口を一生懸命動かして答えた。

 


「あの、えっと、そうですね。あの、その、膀胱の気分次第なところあって、普段はこんなことないんですけどね、へへ……あ、いえ、あの、膀胱にはいうこと聞かせますんで、あの、行きます……………」

 

 

 


死にたい。
誰か殺してくれ。前後左右真上からでも良い。一思いにやってほしい。


膀胱の気分ってなんだ。
普段、頻尿であることを電話の相手に話してどうなる?ただの品性のない人間であることを明かしただけだ。
膀胱に言うこと聞かせるってのもなんだよ。言うこと聞かなかったからこんな状況なんだろうが、何言ってんだ。

 


恥に恥を重ねて、さらにその上に恥を上塗りする。恥のミルフィーユを生み出した採尿パティシエである私は、重い足取りでまた受付へと向かった。
気難しい受付の女性が、私に気づくと採尿コップを渡してくれた。そして、言った。

 

 


「がんばれっ!がんばれーっ!」

 

 


満面の笑みだった。

 


私はもう、言葉にならない感情が体中をぐるぐると回って泣き出しそうだった。エロ漫画じゃねえんだよ。応援されても出ないもんは出ないし、なんなら涙と嘔吐物なら出せるよ。

 


半泣きで10分粘って無事、採尿を終えた。
みな、嬉しそうな顔をした中、私は顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。


恥のミルフィーユなんて可愛らしくあしらったが、最後に恥でできた泥土みたいなものをぶちまけられてしまった。

 


恥の底無し沼。
もう尿検査の結果とかどうでもいいです……。