ラムネのトラウマ

先日、Pちゃんとすごく久しぶりに会った。ただ、状況が状況だったのでどこかに出かけるとかではなく、行きつけのビジネスホテルを予約してそこで一泊過ごした。お風呂と飲食以外はずっとマスクをつけていたし、こまめに換気や消毒なんかもして、飲食物の分け合いなんかもやめた。

すごく、本当にすごく久しぶりにPちゃんに会うので私はすごくワクワクして、頬が嬉しさで緩みきっていた。電話はこまめにしていたのだが、やはり直接会って話すのも楽しい。


ちなみに電話だが、Pちゃんと電話をしていると軽く数時間ほど経ってしまうにも関わらずどんな話をしたっけ?と振り返るとお互い全く何も思い出せないという中身のなさなので、Pちゃんは「異常な時間の速さなんだよ」といつも神妙に呟いていた。そして、次第にPちゃんは中身のないはずなのに楽しさだけが残るこの電話に恐怖心を覚え、「今日は22時までにしよう!」と時間を決めて電話をするようになった。すごく話が盛り上がってても「じゃあそろそろ……」と切られてしまうので、私はいつも寂しくなってしまう。


「ねえ、もう少しだけ話せない?15分とか」


Pちゃんは電話の向こうで少し悩んだような声を出した。そして、ぐずる子供をあやすように私に優しく諭す。


「この電話は異常なんだよ」


これを言われてしまうと、私は何も言えなくなってしまって、そうだねと返すしかなくなってしまう。この電話が異常なのは正論なので。時の流れはフシギダネ?ダネフシェッ!!


電話の向こうで明らかにしょんぼりした私に変な罪悪感を覚えたのか、Pちゃんは「実はこのあと予定あるからさ」と付け加えた。


「あ、そうなんだ。課題とか?」


渡鬼(渡る世間は鬼ばかりというPちゃんがどハマりしてるドラマ)見なきゃだから」


「あ?」


なに?
私、渡鬼に負けたの?ピン子さんに負けたわけ?
いや、Pちゃんがドラマめちゃくちゃハマってるのは知ってるし電話でもよく話聞かせてもらうけど。


「私、渡鬼に負けたの?」


縋るように聞いた。ただ電話切るだけでこれなのだからPちゃん毎回うざいだろうな。私は半分ふざけてるけど。
 
「まあ、そういうことになるね」
「うっそ、まじ?」
「こればっかりはまじ」
「あたしのどこがいけなかったわけ?」
「違うんだって。そっちに罪はないのよ。たださ、展開が激アツなの」


渡鬼、私は見ていないのでとにかく伝聞での情報でしかないのだが、いつも相関図のこじらせ方が凄すぎてどうなってんの?というドラマだ。
なんか知らないが、ピン子さんと卓造さんの元に身を寄せることになった子供が携帯を欲しがったが、ピン子さんが頑なに拒否したのだ。しかし、その後、誰か血縁者がその子に携帯をこっそり買い与えたことがバレて、携帯を粉砕し、ピン子さんは家から出て行けと怒鳴ったとかなんとか。


「いや、携帯ひとつでここまでする?」


怒涛の展開を話したあと、Pちゃんは信じられないというように吐き捨てたのでゲラゲラと笑った。いつ聞いても怒涛&壮絶すぎて、Pちゃんから聞く渡鬼は面白いのだ。


話が逸れてしまった。


とにかくPちゃんとはこうしてこまめに電話でやりとりをしていたが、会うのは久しぶりなのだ。メールで少し髪が伸びたのでパーマをあてたと言ってたから、きっとお洒落さんに磨きがかかってるに違いない。


ついたよ、とメールが来たのでキョロキョロと待ち合わせ場所の周りを探してみると、死角から「やあ」と声をかけられた。Pちゃんの声で、Pちゃんがいつもする挨拶だ!私は嬉しくなって、満面の笑みで振り返った。

 


ジョン・レ○ンさんが立っていた。

 


思考回路が粉砕したのでよく覚えていないが、私はそこで「ジョン?」と聞いた。ジョンではないPちゃんが「違う」と短く否定した。
Pちゃんは服装こそ可愛らしくお洒落なものの、パーマをあてた緩いウェーブヘアに少し小さめな丸メガネをしていた。この丸メガネが曲者だった。色眼鏡だったのだ。日の光から少し避けるとたちまちその色が浮き彫りになり、カラーサングラスのようになるので、Pちゃんはジョンへと変貌してしまった。


Pちゃんのジョン化は、別にこの日に始まったことではなかった。

 


あれは数年前、私とPちゃんともう一人仲良しのVで旅行に行った時、旅行のテンションで私たちは互いの顔を交換できるアプリを使って写真を撮りまくっていたのだが、次第にそれは芸能人と交換したりとやりたい放題になっていた。
そこで、Pちゃんとジョンの適合率が200%を超えていたので、私たちの中でPちゃんとジョンは伝説だったのだ。顔は全然似てないはずなのに、どうしてあんなにも適合するのか。ちなみに私はHIKAKINさんと適合率が96%でこれも伝説になっている。私の顔のパーツ配置が文句なしにHIKAKINさんと一致する。だから、今後もし私の顔を想像するという特異な機会に恵まれた場合はぜひHIKAKINさんで想像していただきたい。有名人だし嬉しいから。


ともかく再び、今度は写真ではなく実物として顕現したジョンに私は感動していた。


すぐさま食料を買い込んでホテルにチェックインする。

 


アカギのアニメを見ながら酒を煽ってつまみを食べて踊った。
そして福本作品の話をして、いつかイベントに参加したらなんて夢みたいな話もした。


互いに酒の総量が2〜3リットル(私はビール、Pちゃんはウイスキーを割るので総量に差が出る)に達した頃、私は嬉々としてPちゃんにある袋を見せた。


「おい、そろそろこれが欲しくなってきたんじゃねえのか?」


Pちゃんの前に白い粒の入った小袋をチラつかせる。


「それ……」


Pちゃんの目が変わった。
私たちにはこいつがなくちゃあな。私はPちゃんにそれをあげようと袋を開けた。


「ほら、何粒行く?」
「でも……」
「何言ってんだよ、もう結構酔ってきてるんだろう?ほら、さあ、な?」
「…………」


ぐいぐいと嬉しそうに小袋を差し出す私とは正反対に、Pちゃんは酔いが覚めていっているような、なんというか澄ました顔をしていた。酔った人間の顔つきじゃねえ。何が起こったんだ?と酔いで気持ち良くなった脳を動かしてみるが、脳もすっかり浮かれ気分なので働いてくれなかった。

 


Pちゃんはゆっくり私から目線を逸らして、告げた。


「ラムネ、トラウマになったんだわ」

 

 


えっ。
私は思わず驚きの言葉が漏れて、手からラムネが入った袋を落とした。
ラムネは、元々Pちゃんが教えてくれた私たちの必須アイテムだった。これを飲むと絶対に二日酔いをしないんだと豪語して、いつもラムネを何袋も買うPちゃんに、私は冷めた態度でプラシーボ、プラシーボと呟くのだ。そして、酔った時に、Pちゃんが私にラムネを何粒かくれて、二人でガリガリ噛み砕いて、明日も元気だ〜!なんて走り回っているのだ。

 


Pちゃん、なんで?


私は動揺しすぎて、何も聞けなかった。聞くのが怖かった。どうして急にラムネにトラウマが……?


Pちゃんはそんな私の空気を察してか、ポツリ、ポツリと語り始めた。


「数ヶ月前に集まった時、あったでしょ」
「うん、その、Lもいて、みんなで麻雀したときだよね」
「そのとき、私がラムネどうしたか覚えてる?」
「いつもみたいに大量購入して、卓の脇に置いてて……」
「それで?」
「えっ?」
「そのラムネ、最期どうした?」


「アッ」


「そう。君が清一色を抱えてたことを察知した私が役牌のみの安手で早上がりして、君が自分の為せなかった清一色を嘆いたときに、私言ったよね」


「うん……和了れなきゃ、どんな手もゴミ……」

 

 


それで私、キレて「酔いが覚めてきてるからそんなセコい和了しか持ってこれねえんじゃねえのか?」って言ったら、Pちゃんも熱くなって……

 


「うん。そう。私が自分のウイスキー入ってるグラスにラムネ全部ぶちまけたんだよ」

 


Pちゃんは、寂しそうに項垂れていた。
私は、その姿を、あの日ウイスキーに沈んだラムネに似ていると思った。しゅわしゅわと己の身体を溶かしながら、静かに死にゆくラムネ。
あの日、ラムネも、Pちゃんのラムネへの想いも、死んでしまったのだ。


「だから、そのラムネは君にあげる」


笑うPちゃん。
私は、悲しかった。


違うよ、Pちゃん。私は、別にラムネなんて好きじゃないんだよ。でも、私たちみんなでラムネをガリガリして、ありもしない効果に期待して笑い合う、あの時間がなによりも好きだったんだよ。Pちゃんが食べないなら、みんなで食べないなら、いらないよ。
食べきれないよ、Pちゃん………。

 

 


翌日、私はラムネを全て食べ尽くして、やたらとスッキリした朝を迎えた。


Pちゃんはいつのまにか泥酔がピークに達し、風呂場で変死体のようなありさまで寝ていた。

 

 


やっぱ、ラムネ食った方いいんじゃね?